2016年08月28日

テスト

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2015年05月04日

今日の夕飯は・・・これですか

連休中ですが、我が家は静かです。午前中に出かけて帰ってきました
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パンのみみですね、いっぱいありますよ。
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私たちにおすそ分けです
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きいキイにもですね
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美味しそうに食べていますね。
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みみは食べやすが、キリ残りは食べ辛いです
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きいキイは、ヨダレを流しています・・・しっかりしてね
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がっつきではないが、最近はこゆうスタイルが多いきいキイです

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2011年06月15日

仙台へ・・・僕たちは留守番をしていました(Part2) ”被災地で合掌”

車泉カ岳「やまぼうし」の朝は、鳥の声がさえずり好天でした。朝食前に風呂に入り再度のリフレッシュです。
看板やまぼうし宿の入り口「やまぼうし」が描かれた案内
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上矢印入口通路の中ほどを歩くと、鳴き廊下のようになっていたのには驚きました。
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上矢印帰路の初めは仙台駅に向かいましたが、カーナビのセットが悪かったのか、東口に到着しました。30分無料のPKに停めて買い物をしましたが、飼い主さん(W)は駅中で方向音痴になり、車で待っていたMに電話で確認してきました・・・帰れてよかったネ((笑)
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上矢印駐車中の車には「がんばろう東北」のステッカーが貼られていましたが、SAのトイレ、お店のウインドウなどあらゆるところで、こうした感謝のメッセージなどを沢山見ました・・・気持ちを表すことが大切ですネ。
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上矢印次に、名取市に向かって県道を進み、仙台東部道路を越えると風景は一変し、突然に津波の被災地が目に入ってきます。
田園地帯ですが、流木や車などテレビで見る光景が実写として・・・ことばがみつからない。
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上矢印ここは名取市の閖上4丁目にある「日和山富主姫神社」です。浜からは500mぐらいですか、今ではここから直ぐ先に海が見渡せます。
駐車した所(被災前は児童公園だったそうです)から6段の石段、さらに35段の階段が続いており、高さは10mぐらいあります。石段の途中には鳥居があったようです。
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上矢印この場所(日和山:ひよりやま)は、名取川を越えて港に向かって行くと、周りからはくっきりと浮かんでいるように見えました。道路は、がれきなどが片付けられておりますが、大きな松の木が目に焼き付きます。P1000147
上矢印震災から3月、地元の人がこの地に訪れ、鎮魂の祈りを捧げていました。・・・合掌
日和山に上がると、頂上は約20畳程度の広さがあり、地元の人が護ってきた富主姫神社があります。
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上矢印先の大戦の慰霊碑は津波に流されずに残っていましたが、社は見渡りませんでした。
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上矢印社(祠)跡のようですが、土台のみで何もありませんでした。また、社の奥にある松の木に大きな切り傷が残っていますが、ここに社が当たったのかと思いました。
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上矢印神社の裏側に建っていた石碑が3基とも海に向かって倒れていましたが、引き波の強さを改めて感じました。

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上矢印頂上南側には、閖上の小中学生が植えたヒマワリが目を出し、20pぐらに成長していました。子供たちの鎮魂の想いがここに込められているようです。
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上矢印富主姫神社と閖上湊神社の2本の神柱が建てられていました。明治三陸津波(明治29年)後に集落の南側に位置したここに高台を造り、氏神であった閖上湊神社の一部を移し、富主姫神社になったそうです。
花束が置かれている場所には、石碑(大戦慰霊碑よりも大きなものだったようです)が建っていましたが、津波で落下して台座だけが残っていました・・・津波の強さを思い知りました。
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上矢印階段の途中の割れた石は、津波で折れた鳥居の跡のようです。また、階段にあった手摺も津波で流されたようで、支柱の切れ跡だけが残っていました。
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上矢印神社前の広場には被災して大破(どうしたらこのようになるのか?)した路線バスが震災のシンボルのように置かれていました・・・自然の力の凄さを強く感じ、言葉もありませんでした。
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《海岸方面;魚市場跡》

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《北西の東部道路方面》

上矢印日和山の山頂から見渡すと、水田は荒れ地化し、漂流物が堆積し、ここに多くの作物が実り、人々の生活があったことが信じられない光景です。
しおれたバラ明治29年の大津波を受け、この地に高台を造成(大正10年ころ)し、氏神を分神した場所が、今回の津波で社も流されるということを当時の人は想像できたであろうか?。そう思うと今回の津波の大きさが、そして自然の猛威を改めて感じました。
今回、仙台の帰りにこの地を訪れたのは、震災当日の4時過ぎだったと思いますが、地震で停電になり、車の中で見た名取川を上ってくる巨大津波、真っ黒な水の大軍が家を車をそして水田を飲み込んでいく姿が、今でも脳裏を離れないでいたためです。

日和山に上がり、四方に向かい震災で亡くなった御霊に安らかと合掌し、そして、今だに発見されない不明者が1日でも早く家族のもとに帰れることを祈り、下山してきました。

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上矢印帰りの高速で、多くの警察・自衛隊車両にすれ違いました。被災地に向かっている彼らの任務の重さと使命感に感謝の気持ちで一杯になりました。また、上りのSAには帰途の車両にも会いました・・・ありがとう・ごくろうさんと声を掛けたくなりました。

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上矢印帰路は主にWがドライブです。渋滞も無く帰宅しましたが、上りも福島県内の道路は運転しにく状況でした。
車2日間で約800qの走行でしたが、エコ運転に努めAVで15.3q/Lでした。

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上矢印夕方5時半前にドアが開き、僕たちは出迎えました。れいちゃんは1泊での留守番は初めてで、飼い主さんを見つめますが、僕は慣れているのでどうってことないです・・・でも寂しかったですよ〜(涙)、早く帰ってきてくれて(^0^)です。

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